2010年8月24日


C★NOVELS
英米軍との激闘をくぐり抜け、マダガスカル島にて無事、戦艦大和以下、連合艦隊と合流したドイツ水上艦隊。ここに日独枢軸最強艦隊が誕生した! 架空戦記巨編上下巻同時発売!!
カバー:上田信
刊行日:2009/12/20
新書判/240ページ/定価945円(本体900円)
ISBN978-4-12-501095-3 C0293
旭日の鉄十字だが、本作「インド洋大海戦」下巻にてシリーズ完結である。
もう少し続けようという意見もあったが、最初の構想と現在のそれにかなりの開きが出て来た点から来る決断である。
こうなったきっかけは、今思えば、2008年6月8日、東京都内秋葉原にて発生した通り魔殺傷事件だった。秋葉原歩行者天国にて17名もの一般人を殺傷した容疑者の行動は、日本はおろか、欧米でもロイター通信等を経て広く報道された。読者の皆様の多くも記憶されている惨劇だろう。
なぜ、この事件が転機となったか。
根本を記せば、現行犯逮捕された容疑者に、根深い危険性を感じたからだ。
自身の境遇に対する激しい不満、それを周辺に殺戮の形で転嫁する行為は、テロリズムと呼んでも相違ない。死亡7名、負傷10名という数値の持つ意味は重い。
さらに問題を複雑にしたのは、インターネットの一部で起きた容疑者を英雄視する人たちの言動だった。格差社会、勝ち組、負け組のカテゴライズ(分類)を経た、容疑者に対する歓喜とさえ呼べる発言の爆発を前に、喩えようもない恐ろしさを覚えた。
これでは、まるでナチ体制前夜のドイツではないか。それとも、ネオ・ナチの振る舞いか。
第2巻のプロットを全面修正、最終的には徹底的に書き直すと決めたのはそれから数日後だった。
カテゴライズで他人を抹殺するのは、ナチが犯した最悪の戦争犯罪である。身障者を、ユダヤ人を、ロマを、そして、ポーランド人やロシア人に代表される(ナチが言う)東方劣等種族を抹殺する権利、など、何者にも存在しない。
だから、2巻を書くと決めた。目の前の危機に対応した作品を仕上げねば、物語の現代性は喪われる。何としても対応しなければならないと感じた。
半面、この仕事は、恐ろしい難題を突きつけて来た。
架空戦記に読者は戦闘シーンを求め、爽快感を得たいと思う。これは当然である。その要求を満たしつつ、廃兵たちとの物語を成立させ、前線で戦った「ナチズムと距離を置く普通のドイツ人将兵たち」に対する屈辱、侮辱に当たらぬ展開を実現、同時に、ゲシュタポに代表される人種差別主義者たちのおぞましさを描き、これを否定する。加えて、個人戦と集団戦を両立させ、キャラクターの魅力をきちんと伝える。
今考えても、「なんて馬鹿な、無謀な行為にチャレンジしたのだろう」と、半ば呆れている。
ただ、書き上がった作品は、ある程度それを満たすものになった。売り上げ的にも、初速はかなりよく、労苦が報われたと思う。
とはいえ......これは新たな地獄の幕開けに過ぎなかった。3巻以後の展開は、2巻のそれを最小限踏まえた上で成立させる必要があったのだから。
というわけで、原稿は膨れあがり、再び「これまでやれなかったこと」を成立させることはできた。同時に、初動段階の企画との乖離がより鮮明になり......実質4巻で完結、と至った。
ここで閉めるのは残念な思いもあるが、こちらの伝えたいことは作中である程度伝えられたとは思う。
史実のナチは、ドイツ人たちの挫折感と世俗利益願望を飲みこみ、膨張を続け、欧州大戦を、さらにはユダヤ人に代表される人々への大虐殺を引き起こした。それと同じことを現代で引き起こしてはならない。昨年秋のリーマンショック以来、世界はまるで1930年代の大不況を思わせる未曾有の混乱状態にある。だからこそ、過去の歴史の教訓に学び、ナチズムのような政治思想――他民族の排撃、抹殺を是とする歪んだ価値観への警戒が必要なのだ。
読者の大半も、この点に関しては意見の一致を見ることだろう。架空戦記を読む読者の多くは、善良な市民であり、歪んだ感情で他者を差別、抹殺する行為に及ぶ愚かな存在ではない。その点は、2巻の手応えが数値としてある程度証明してくれたと思う。3巻以後の展開は、それを前提にした構築で、ラスト付近の将兵たちの行動......特にハルゼー提督の振る舞いに示す事が出来たと思う。
余談になるが、史実のウィリアム・ハルゼー提督は、ステロタイプな「怒れる、粗暴な提督」とは異なり、指揮判断は時に繊細、かつ、大胆な人物である。彼が合衆国海軍を代表する提督として前線にあったのは、それだけの理由があったと思う。その点をある程度描けたのも心の救いになった。偏見に曝され、斜に構えた見方で一蹴される事の辛さを覚えた人々に、この物語が多少たりとも慰めになれば、著者として幸いである。
〔三木原慧一/2009年12月〕